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春の苦味に酔うおっさん。

20年以上の付き合いになっているカメラマンから、毎年この時期にありがたいものが届く。タケノコである。今年も送ってくれて早速頂いた。写真は茹でたての先っぽだけをわさび醤油でいただく、我が家では刺身と呼んでいる一品だ。口いっぱいに広がる香りとえぐ味は、スーパーで売っている水煮とは全く異なる食い物で、日本人でよかったと喜びとともにみしめる。このほかにも数多くのメニューがしばらく食卓を賑わしてくれる。

小さな頃はこうした旨さに心が動かなかった。年齢を重ねることで得られる味覚の変化は誰もがおおいに楽しんでいることだろう。その中でもえぐ味や苦味はまさに大人の味わいであり、春の山菜で強く得られる。義理の親父が山菜探しの名人で、春は毎週のように山へ出かけていた。何度か連れて行ってもらったことがあり、採りたてのウドをその場で食った時は心が躍った。これまでの人生で最も驚いた味のひとつだ。逝っちまってずいぶん経ってしまい、ずいぶんと長いこと食っていない。残念ながら名人のテクニックを誰も伝授されていないのだ。八百屋で買ったウドで我慢する春が長く続いている。そう、あの採りたてに比べたら食わないよりはマシだなと思ってしまうほど雲泥の差だ。多くの野菜が採った瞬間より味の下降線を描くが、ウドはその劣化が早すぎる野菜だ。と、採りたてのウドをご存知の方はきっとうなづいているだろう。

味覚だけでなく、人生にも苦味が加わってきましたな。でも、それにしっかり立ち向かっていく強さやしなやかさも加齢によって得られること。なんてタケノコと結びつけたりするおっさんである。

 

<プロデューサーのつぶやき>

自身が昭和40年生まれでもある初代編集長で、現在はプロデューサーとして活動中の北村が、思ったこと、感じたことを同世代へのメッセージを込めて書き連ねます。(本エントリーは、本誌ブログを再掲載したものです)